2023年 02月 27日
女神像に逢えた宮戸島 |
2月26日(日)
yonejiyさんのご案内で石彫りの女神像を見に宮戸島へ行ってきました。
噂通りの素敵な女神さまでした。

晴れてはいるものの風が強い中を室浜から出発します。

久しぶりの大海原。遠くに金華山が見えています。

まずはこんなところを登って行きます。

なかなか趣のある竹林の中を進んで行くと、

儀兵衛・多十郎オロシヤ漂流記念碑に着きます。
1793年石巻から江戸へ向かっていたところ、強風で難破してアリューシャンに漂着し、シベリアを横断して南米を回り、12年の歳月をかけて日本で初めて世界一周したという宮戸島と室浜出身の二人の記念碑です。(乗組員16名のうち4名が日本へ帰国。そのうちの2名。)

一旦下って登って嵯峨見台へ。その前に展望の良いところへ立ち寄ってパチリ。

アップダウンで嵯峨見台へ到着。
良い景色です。

ここからアップダウンを繰り返して、ロープのある急坂に来ました。

ロープをつかんで慎重に下ります。

尾根の所々にラミネートされたこんな感じの道標がありますが、嵯峨渓北西部と書いてあるのが女神像の場所です。このあたりは枝道がたくさんあるので要注意です。

注意しながら尾根道を進んで行くと、白い岩肌が見えるところでyonejiyさんが歩みを止めました。

ついに石彫りの女神像が目の前に現れました。

凄い!想像以上に大きく立体的です。

お顔をアップで。

横へ移動して、より立体的な感じをパチリ。

「凄いものだなぁー」と言いながら女神像を堪能したら帰路につきますが、ロープ場は通らずに潜ヶ浦(かつぎがうら)漁港を目指します。

かなりの急坂を慎重に下って降り口に到着。

潜ヶ浦漁港は人気がなく、静かな所でした。

舗装道を歩いて、途中から素掘りのトンネルを進んで行くと、

戦中に特攻艇「震洋」の基地だったと言われる鮫ヶ浦漁港に着きます。風は強いものの、そんな歴史があったことを忘れているような穏やかな美しい場所でした。

トンネルを戻ったところから嵯峨見台へ登って行くと、潜ヶ浦聖観音堂の説明看板と鐘撞堂があります。
yonejiyさんが突くゴーンという音が静寂を破って荘厳に鳴り響くのでした。

潜ヶ浦聖観音堂です。岩に開いた穴を見ると山寺の垂水遺跡を思い出します。

少し進んで嵯峨見台。朝よりも青味を増した美しい景色を見渡せました。

ここからは往路を辿って室浜へ到着です。

いやはや、うわさに聞いていた女神像は聞きしに勝る素晴らしいものでした。どうやって掘ったものか、なぜ掘ったものか、伝聞はネットに散見するけれど真相を知りたいような知りたくないような・・・素掘りのトンネルからは以前歩いていたので思い出しましたが、室浜からの登りは逆だったせいか全く記憶が甦りませんでした。これも老いのせい?それにしても枝道の多いところでした。yonejiyさんのご案内が無ければ変なところで途方に暮れたかもしれません。改めてお礼申し上げます。

帰路、あおみな食堂の長寿味噌ラーメンで昼食を。
主張しすぎない穏やかな味で美味しく頂けました。

女神像もラーメンも満足まんぞく。
yonejiyさんのご案内で石彫りの女神像を見に宮戸島へ行ってきました。
噂通りの素敵な女神さまでした。

晴れてはいるものの風が強い中を室浜から出発します。

久しぶりの大海原。遠くに金華山が見えています。

まずはこんなところを登って行きます。

なかなか趣のある竹林の中を進んで行くと、

儀兵衛・多十郎オロシヤ漂流記念碑に着きます。
1793年石巻から江戸へ向かっていたところ、強風で難破してアリューシャンに漂着し、シベリアを横断して南米を回り、12年の歳月をかけて日本で初めて世界一周したという宮戸島と室浜出身の二人の記念碑です。(乗組員16名のうち4名が日本へ帰国。そのうちの2名。)

一旦下って登って嵯峨見台へ。その前に展望の良いところへ立ち寄ってパチリ。

アップダウンで嵯峨見台へ到着。
良い景色です。

ここからアップダウンを繰り返して、ロープのある急坂に来ました。

ロープをつかんで慎重に下ります。

尾根の所々にラミネートされたこんな感じの道標がありますが、嵯峨渓北西部と書いてあるのが女神像の場所です。このあたりは枝道がたくさんあるので要注意です。

注意しながら尾根道を進んで行くと、白い岩肌が見えるところでyonejiyさんが歩みを止めました。

ついに石彫りの女神像が目の前に現れました。

凄い!想像以上に大きく立体的です。

お顔をアップで。

横へ移動して、より立体的な感じをパチリ。

「凄いものだなぁー」と言いながら女神像を堪能したら帰路につきますが、ロープ場は通らずに潜ヶ浦(かつぎがうら)漁港を目指します。

かなりの急坂を慎重に下って降り口に到着。

潜ヶ浦漁港は人気がなく、静かな所でした。

舗装道を歩いて、途中から素掘りのトンネルを進んで行くと、

戦中に特攻艇「震洋」の基地だったと言われる鮫ヶ浦漁港に着きます。風は強いものの、そんな歴史があったことを忘れているような穏やかな美しい場所でした。

トンネルを戻ったところから嵯峨見台へ登って行くと、潜ヶ浦聖観音堂の説明看板と鐘撞堂があります。
yonejiyさんが突くゴーンという音が静寂を破って荘厳に鳴り響くのでした。

潜ヶ浦聖観音堂です。岩に開いた穴を見ると山寺の垂水遺跡を思い出します。

少し進んで嵯峨見台。朝よりも青味を増した美しい景色を見渡せました。

ここからは往路を辿って室浜へ到着です。

いやはや、うわさに聞いていた女神像は聞きしに勝る素晴らしいものでした。どうやって掘ったものか、なぜ掘ったものか、伝聞はネットに散見するけれど真相を知りたいような知りたくないような・・・素掘りのトンネルからは以前歩いていたので思い出しましたが、室浜からの登りは逆だったせいか全く記憶が甦りませんでした。これも老いのせい?それにしても枝道の多いところでした。yonejiyさんのご案内が無ければ変なところで途方に暮れたかもしれません。改めてお礼申し上げます。

帰路、あおみな食堂の長寿味噌ラーメンで昼食を。
主張しすぎない穏やかな味で美味しく頂けました。

女神像もラーメンも満足まんぞく。
by morino1200tb
| 2023-02-27 18:25
| 23年登山
|
Comments(8)
女神像は知りませんでした。
行ってみなきゃ!!!
行ってみなきゃ!!!
0
寒い中、お付き合いいただきありがとうございました。行ったのは2回目ですが、覚えていないものですね。GPSの助けがないと別の岬に出ていたかもしれません。
御気に入っていただき良かったです。また、機会がありましたらよろしくお願いいたします。
御気に入っていただき良かったです。また、機会がありましたらよろしくお願いいたします。
潜ケ浦石は凝灰岩の火山噴火により噴出した火山灰は地上に堆積し長い年月をかけて凝縮した岩石です。県内では塩釜石、秋保石、野蒜石も同じ産出です。大正11年(1922)塩釜駅の扱い量は潜ケ浦石が8500トン、塩釜石が3500トンですので3倍近い産出となっていたようです。昭和50年代まで採掘がされていたようですので、女神さまはこの時期の頃でしょうか。是非、製作者を探し当ててくださいませ。
岩場を通らずに潜ヶ浦へ行く道。
先行者が道がない、と戻ってきて遠回りしましたが、ちゃんとした道があったのですね。
先行者が道がない、と戻ってきて遠回りしましたが、ちゃんとした道があったのですね。

